学力セミナー![]() |
日本標準教育研究所は、2006年2月18日に大阪府中央区のAAホールにおいて、「学力セミナー『基礎・基本の反復で学力向上!』を開催しました。新年度を前に、1年間で確かな学力を定着させるための具体的実践を学ぶ場として開催されたこのセミナーには、近畿圏を中心に220名の先生方が参加され、終始熱気のあふれたものになりました。「特集『学力向上!』」の冒頭は、このセミナーの中から、三人の講師の先生方が話された内容を、ダイジェストで掲載いたします。1. 陰山英男先生の講演要旨 ●新しい学習小学校指導要領の改訂の方向 私は、中央教育審議会の初等中等教育分科会教育課程部会で、新しい学習指導要領の骨格を作るための審議に加わっております。現在議論されている方向についてご報告いたします。ひとつは、「早寝・早起き・朝ご飯」の運動が国民的なものになっていきます。夜型化してしまっている社会を変えていくために、企業の協力も必要だということが、教育課程部会の答申の中にも書かれました。 また、「読み・書き・計算」や「反復学習」といったものが、学習指導要領に明記されます。きちんと教え、学んだことを土台として、自ら考え、自ら学ぶという当たり前の状態にしていこうということです。 さらに、「言葉の力の向上」を目指します。自分の感情や考えを伝える言語の力が、非常にやせ細ってきているという認識に立っています。 そして、体験学習の重視です。「総合的な学習の時間」がなくなるということはありません。「理数教育の充実」のために、生活科などでも理数的な内容を増やしていきます。 また、基礎的教養の充実のために、都道府県の位置や名前について、きちんと学ぶということが提起されてきます。 授業時間数を増やすことについては、学校五日制は堅持することが確認されています。しかし、授業時間数が少ないという実態はありますので、低学年の授業時間数を増加させたり、高学年でも空き時間にしているところも授業時間にするなどして、社会からの要請に応えていこうと、検討が進められているところです。 ●導入される新しい施策について 中央教育審議会義務教育特別部会の議論にも参加させていただきましたが、その中では、「学校評価制度」を義務化して実施していくことと、「教職員の人事評価制度」の導入により、先生方の能力の評価をして、給与に差をつけるということが検討されています。全国統一学力テストの実施も始まります。さらに、教員免許の更新制も検討されています。こうした施策が学校・教師の向上につながっていくのか、私自身は疑問が少なくありませんが、現状に対する一般社会からの批判が厳しく、なかなか反論しきれなかったということだと思います。 こうしたことは、すべて、学校現場での事務作業量の増加につながります。土堂小学校では、通知表はコンピュータ化していますが、指導要録もそうできるように強くお願いしたい。 また、よくない点にばかり注目するのではなく、全国で頑張っている多くの先生方に着目し、広く伝えていくことこそ大切ではないかと思っています。そのために、私は、NPOを設立して優れた実践を集めていきたいと考え、準備をしているところです。 これからの教師に求められる力は、「自分の考えを持ち、自分で判断する」ということに結論付けられると考えています。保護者や一般社会に対して、メッセージを発信していく力が問われてきているのです。 ●学力向上のために 学力低下の最大の理由は、子どもたちの生活習慣の悪化です。日本の子どもたちの家庭学習の時間数は、世界最低水準です。一方、テレビを見る時間数は、最高水準です。また、GDPに対する教育費の割合は3.5%で、世界最低です。本当は、「こんな状況の中で、なんとか踏みとどまっている」というのが、正しい情勢分析だと思います。 高校受験、大学受験という関門を経る中で子どもたちの体力は大きく低下しています。 社会全体の夜型化の進行と、テレビ、コンピュータゲームの普及などが主な原因となって、子どもたちの生活習慣は崩れ、睡眠不足となっています。また、朝食を食べない、塾通いで夜の食事はハンバーガ一つなどという、食生活の乱れも、学力低下の大きな原因です。小学生のときから、こういう生活を繰り返していると、脳の消耗というものは取り返しがつきません。実社会へ出ても、言われたことしかできない、指示待ち症候群などと言われる人間になってしまうのです。 学力低下問題は、生きる力の低下現象の一つです。学力向上というのは、子どもを勉強させることによって解決するのではなく、子どもたちを元気にすること、つまり、きちんと寝させて、きちんと食べさせる、そしてきちんと遊ばせるということが、実は学力作りの方法なのです。学力再生、生きる力の再生ということで、基本的生活習慣の確立、それから「読み・書き・計算」の能力トレーニング、そして揺るぎない基礎の上に立つ多様な学習を進めていくことが必要だと思います。 土堂小学校3年間の驚異的な学力の上昇は、「読み・書き・計算の反復学習」と、「漢字の前倒し」によるところが大きかった。5月までに漢字を習得させますから、来年の3月まであと10か月間かけて覚えていけばいいわけです。集中的に漢字をトレーニングすることによって、脳のトレーニングができるのです。 2. 小河勝先生の講演要旨 ●教育激動の時代教職32年間の経験を経て今に至っていますが、激動の時代を迎えているということをしみじみと感じます。教育の問題ということで論じられることが多いのですが、社会の変容に基づいて見ていく必要のあることだと思っています。 アメリカのある心理学者は、テレビを見ている時間に脳が発する脳波というのは、催眠術をかけられている脳波と同じだと指摘しています。教室で、子どもたちに「はい、35ページを開きなさい」と言うと、すぐに向こうから「先生何ページ?」と聞きます。「35ページ」と言うと、またこっちから「先生、何ページ?」と聞きます。これはいったい何だろうなと不思議に思っていのですが、これこそがテレビの影響なのです。テレビが一日中鳴り続けている中では、まともに反応して聞き続けると体がまいってしまうので、自動的にカットする習性が身についているわけです。ダイレクトに自分にマンツーマンで話しているときにはわかるけれども、ノートを見たり、本を見たりしながら聞きながら、他のことを理解するということができなくなってしまっている現れではないかと思うのです。 ●子どもの現状 私が25年間実施している「生活実態調査」の中で、テレビの視聴時間が5時間を超える子は34%もいます。「あなたの家では会話をすることがよくありますか?」という質問に対しては、「まったくない」が3割です。非常に深刻な状況です。 1977〜78年に劇的な変化がありました。何が起こっているのかわからない状況の中で、私自身は「なんでこの子たちは、こんなに荒れるのか」という疑問をいだき、いろいろと調べていく中で、最終的に学力の問題に行き着いたのです。勉強が「わかる」「わからない」というのは、子どもたちにとって、精神の健全さの軸をなす重要なファクターなんだということが、自分の「生活実態調査」からはっきり見えたのです。わからないまま学校で勉強するということがどれほど苦痛であるか、自分たちの生活全体がいかにグレーになっていくか、そして、暗黒になっていくか。「自分にはもう未来がない」というふうに彼らは思わざるをえないということが、はっきりと調査でわかったのです。 その後、算数の学習のつまずきの状況も調べました。大変な結果でした。かなり初期の段階からつまずいて、苦しみ、のたうちまわりながら、学校で授業をずっと聞いてきたということがわかりました。私は、そんな子どもたちを集めて、教え始めました。 ●小中の連携で学力向上を こんな話をすると、小学校の先生に責任があるかのように思われるかもしれませんが、そんなことのために言っているのではありません。小学校も中学校も同じ土俵の上にのっているんだということを、客観的な事実として見つめなければいけないということです。「種子植物」なんて読めない。「たねこ」と読んでしまう。そういう状況が現実にあるのです。学力問題は、私は非常に重要な人権問題だと思います。基本的な可能性を剥奪された人生を生きていかざるをえないことになるからです。フロムは、「無力感の中で、人間は永遠に生き続けることはできない。彼らは、破壊を求めだす。」と書いています。私はこの本に出会ったときに、本当に「あの中学生たちが荒れている根拠はこれだったんだ!」と心に響きました。 中学校では、100ます計算のような基本的な計算力は、1分台であってほしいのです。5けた÷2けたのようなわり算の中には、たし算、ひき算、かけ算の計算要素が約80弱もあるのです。 ですから、速さが大事なのです。一定の速さでトントンと80弱の階段を効率よくたどっていける力がなければ、わり算はわかりにくい。「ゆっくり でいいんだ、できたらいいんだ」というようなことを気楽に言われる方がいますが、その方々は、わからない子を教えたことがないということを自白しているようなものです。わからない子たちは、遅いことによってものすごくやりにくく、しんどいのです。サイドブレーキかけながら、アクセルを踏んでいるようなものです。つまり、基礎計算力をしっかり作ることが最も重要で、それによってしか本質的な改善は図れないということです。 中学校で理科を教えてきましたが、理科では、割合や比例を使います。ところがその定着状況は散々です。こんな状態では、電流も密度も教えられません。ではどうするかということですが、教師一人ひとりの努力の範囲を超えていますから、学校ぐるみで特別な時間編成で、取り組んでいくしかないのです。中学校で、組織的に取り組むというのは、非常に困難でした。教科担当制を超えて、みんなでスクラムを組まなければいけないのですから。そのためにも、学力実態調査によって、データを集めて、よく分析して、どうすべきかということを協議していただきたいのです。どうか、各地で取り組んでいただけたらと思います。 3. 桑原健介先生の講演要旨 ●「読み・書き・計算」と「徹底反復」私は、「読み・書き・計算」と「徹底反復」の実践で、目の前の子どもたちが変わり、自分自身も変わった、という実感を持っています。 大学を卒業して3年間は講師をしておりましたが、その後、採用試験に合格して、初めて赴任した学校では、「総合」の研究をしていました。「総合」の体験を通して、子どもたちに自信を持たせようというねらいでした。 当時は、ドリル的な学習がタブー視されていた時代だったと思います。子どもたちの計算の力も、読む力も散々な状況でした。学校に来ない子どもから、「全然勉強がわからない。わからないから行ってもしょうがない」というようなことを言われてしまいました。それを聞いたとき、私は「しまった!」と思いました。そして、計算をくりかえしてやったり、漢字をこつこつと学習したり、音読をしたりすることで、我慢強さとか、集中力を培うことができるのではないかなあと、なんとなく自分の中で思い始めていたのです。 そんなときに、NHKの「クローズアップ現代」で山口小学校の実践を見て、「あっ、これだ!!」と思いました。「基礎的なことができないのに、総合なんてできるわけないし、読めないのに人前で、自分の考えを述べることなんてできない、総合の発表なんて当然できるわけない」、と思ったのです。そして、次の年に4年生の担任になった時に、「読み・書き・計算」の実践を始めました。すぐにうまくいったわけではありません。2学期から、100ます計算と音読を徹底的に始めていきました。「一つの花」の学習では、とにかく「音読だ、音読だ」と思ってひたすら音読をしました。2〜3週間たったときに、教科書を閉じたまま声を出している子がいたのです。「え?教科書見なくても読めるの?」と聞くと、「読めますよ」と言います。ほかの子も「読める」「読める」「読める」。「え、そうなの?じゃあみんなで閉じて読んでみようよ」と言うと、最初から最後まで子どもたちは読んだのです。教科書を見ずに読むことができた。しかも教科書を閉じて読んだときのほうが、声も出て、感情を込めたような読み方だったのです。そのときに鳥肌がたちました。「すごいね、君たちは。」とさらに進めていきました。 100ます計算と「あまりのあるわり算」も進めました。最初は、かけ算九九がまったく定着していない子にも、100ます計算をさせてしまいました。九九ができなければ、かけ算の100ます計算ができるはずがありません。そういう子には、昼休みや放課後に、個別の指導をして、少しずつできるようにしていきました。最初は10分間でも半分くらいしかできなかったのですが、少しずつ伸びていきました。 「あまりのあるわり算」を最初にやったとき、A君は、私の支援を含めて、10分間で5問しかできませんでした。進めていくうちに、100問を10分以内でできるようになる子がつぎつぎと出てきました。これを始めて4か月程度たったころ、A君もついに10分を切ることができました。そのときの教室は感動的でした。クラス全体に「ワーッ、A君がんばれー!」という雰囲気があって、その中で、10分を切ったのです。周りがワーッと拍手をして、「A君、やったー!」「よくやったねー!」というような感動がありました。自分自身も涙が出そうでした。A君が10分を切る日が来るとは自分でも予想できなかったのです。一つの学級の中で、みんなが伸びることの喜びは、すばらしいことだと感じました。5年生になったA君は、「あまりのあるわり算」100題を1分台でできるようになりました。当然私よりも速いです。クラス全体がこういう力をつけてきますと、学級がおっとりと、あるいはしっとりと、やさしい雰囲気になってくるのです。 5年生の時には、漢字の前倒し練習も実施しました。ゴールデンウィーク前までに一気に学習してしまって、あとはひたすら5年生の漢字の練習、復習をしました。そうすると、子どもたちの中でも漢字を楽しんできて、漢字についての会話がでてきたり、漢字のクイズを出し合ったりといった状況がうまれてきました。 4年生の最初に受けた「CDT観点別学力到達度診断テスト(日本標準刊)・算数」では、全国平均正答率が79%に対して、私の学級は71%、A君は0%でした。それが、1年後の5年生の初めに実施したときは、全国平均正答率が79%に対し85%になりました。中でもA君は82%になり、全国平均を上回る結果になったのです。 「福岡県児童画展」では、学級35人のうち、25人が入選をしました。児童画展の締め切りの1週間前にこのことを思い出して、それからとりかかったのですが、子どもたちはものすごい集中力で描きました。一言もしゃべらず、黙々とやっていました。そして、その結果が25人の入選です。 陰山先生が言われている「子どもたちは無限に伸びる」、ということを実感しています。子どもたちには、「ここまで」ということは絶対にないんだと確信しています。「読み・書き・計算」を徹底的に行っていくことで、子どもたちは伸びていくし、あらゆる面で開花していくのです。 講師略歴 ■陰山英男先生 1958年生まれ。兵庫県朝来町(現朝来市)立山口小学校在職当時、100ます計算やインターネットの活用等、さまざまな工夫を重ねて、成果を上げる。広島県尾道市の校長の公募に応じて、2003年4月から尾道市立土堂小学校の校長に就任。著書に「本当の学力をつける本」「学力の新しいルール」など。2006年4月に立命館大学教授就任(立命館小学校副校長兼任)。 ■小河勝先生 1944年生まれ。1998年から大阪市立市岡中学校に勤務し、2005年3月に退職。「ゆとり教育」に警鐘を鳴らし、小・中学生の基礎学力向上に取り組む。現在は、和歌山大学教育学部講師。また、中学生の自主学習を手助けする「小河学習館」の館長を務めている。著書に「学力低下を克服する本」「未来を切り開く学力シリーズ―小河式プリント―中学数学基礎篇/中学国語基礎篇」等。 ■桑原健介先生 1973年生まれ。福岡県水巻町立猪熊小学校教諭。「基礎・基本の徹底反復学習」により、子どもたちの学力を飛躍的に向上させた実践で注目される。その様子は、NHKのテレビ番組や週刊誌AERA(朝日新聞社)等で紹介されている。 |
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