教育フォーラム
 2005年8月4日、東京都渋谷区の津田ホールで、「今こそ“人間の命”を考えよう」というテーマの「教育フォーラム」が開催されました。この教育フォーラムは、道徳教育を研究されている現場の先生方や日本標準教育研究所等が実行委員会を作り企画されたものです。エッセイストの絵門ゆう子さん、医師の浜辺祐一さん、報道写真家の石川文洋さんの3人の講演と、「『命』について、子どもたちにどう伝えるか」というテーマで、小・中学校の現場で実践されている先生方と教育ジャーナリストを交えた、パネルディスカッションの二部構成で進行しました。

今、なぜ教育フォーラムか
 今、なぜこのような教育フォーラムを開催するのか。フォーラム実行委員会は次のように呼びかけました。「公教育を営む場所で人間の命が奪われるという、衝撃的な事件が続いています。その一方で、相次ぐ集団自殺。今、社会が、私たちが、人間の死について鈍感になってはいないでしょうか。子どもたちに人間の命をどう伝えたらよいのでしょう。教育フォーラム『今こそ“人間の命”を考えよう』は、各界の講師からのメッセージや討論によって、子どもたちに命の大切さをどう伝えるかを探ります。」
 呼びかけに応えるように、このフォーラムには、北は北海道、南は鹿児島から、たくさんの方に参加していただきました。講演、パネルディスカッションとも、感動的な話が続き、昼食・休憩時間には、講演者3人のサイン会も開かれ、そのことがフォーラムをさらに盛り上げ、アンケートでも、「感動した、もっと聞きたかった」という声をたくさんいただきました。

命の尊厳を見つめること
 最初の講演は、エッセイストの絵門ゆう子さんです。ご存知の方も多いと思いますが、絵門さんは乳がんの患者さんです。「がんと一緒にゆっくりと」(新潮社)という著書に詳しく書かれていますが、まずがんという病気と向き合うことで、「命ってなんだろうということを考えさせられた。自分のことも、本当に人のことと同じように大事だし、人のことも自分のことと同じように大事になっていくことが、『命』を見つめると自然に行われるようになると感じている」と話しました。命へまっすぐに目を向けた、絵門さんならではの内容です。
 現在、絵門さんは執筆を主軸にして、講演、朗読コンサートなど、幅広く活動されています。子ども病院で朗読したときに知り合った、「まゆちゃん」という絵を描くことの大好きな少女と出会ったことが、絵本作家としてのデビュー作「うさぎのユック」(金の星社)を生み出したと話されました。当初、絵門さんは、ライオンに出くわす危機に対して、ユックが自分を犠牲にして死んで兄妹たちを助けるという物語にしようとしていましたが、「まゆちゃん」とのやりとりの中で、「主人公が死んでしまう話にしてはいけない。あくまで生きることに向かっていくことが大切」だと気づかされて、ユックたち5人のうさぎの兄弟が、1滴の血も流さずに、見事にライオンを追い返す内容に創り直したそうです。
 「命を大切にする」ということは、「一人ひとり違うということを認めること」。「真の平和も、そういう心を持つことを通して実現するのではないか」。そのために必要なこととして、「考え方の物差しを何種類も持つこと」などを提案されました。
 最後に、「うさぎのユック」でいちばん伝えたかったこととして、「命の可能性は限りない。人の命も自分の命も大切にすること。そして、たとえ厳しい病気になったとしても、命の期限に口を出すべきではない。大切なことは、『分からない』ということを認めること」と述べ、絵本の一部を朗読してしめくくりました。

「『生』と『死』の最前線」からの報告
 浜辺祐一さんは、徹夜での手術の後にかけつけていただきました。現在、都立墨東病院救命救急センターの部長をされています。救命救急センターは、通常の救急病院では対処しきれないような重傷の患者さんを収容する施設から、救急医療の「最後の砦」と言われています。「年間で2000名前後の収容。死亡率は4割。命をつなぎとめることで言うと、持てる力を注ぎ込む。病院中の力を注ぎ込んで一人の患者さんの救命に全力を尽くすということをやらなきゃいけない、そういう部署」と紹介されました。
 日々の仕事の中で「人の死に鈍感になっている」、ただ、「逆に言うと救命センターは鈍感にならないとできない」と言いきり、「一線を隔して傍観者的に『人間の生き死に』を見ている人間だからこそ逆に分かることは確かにあると思う」と言われました。そして、20年続けてきて、三つのことに気がついたと話されました。一つ目は、「命」はとっても脆いということ。二つめは、逆に「命」はとても強いということ。「多くの怪我というのは頭をやられる。『こりゃあとてもだめだ』というのが一杯来るけれど、ところがどういうわけか、若い連中というのは良くなるということをしょっちゅう経験します」と話されました。そして、「やっぱり人の命というのは計り知れない。本当に分かったようなことを言っているのですが、実はなにも分からない。命が持っている潜在力というのか、本当に分からないことがあって、逆に言うと、だから手が抜けない。可能性に賭けるということを、やっぱりやらなきゃいけなくなってくる」と、ざっくばらんに話されました。
 三つ目として、「多くの人が『救命センターにくれば助かる』と思っているふうがある」と言います。そして、「是非お願いしたいのは、『病気をしたら、怪我をしたら何かが分かる』ではなくて、普通に生きている中で、『普通に生きているということは、どれだけありがたいことか』を皆さんが実感していただいて、子どもたちに伝えていただきたい」と呼びかけて、話を結びました。

私が見た戦争と平和
 講演の最後は、報道写真家の石川文洋さんです。スライドを交えながら話していただきました。石川さんは、「戦争が大勢の命を奪ってしまう、それもよく知っていると言われるかもしれません。でも、本当に知っているのだろうかという疑問を持ちます。それは、戦争の原因となっている軍隊を育て、戦争が繰り返されているからです」と投げかけます。そして、「人間というのは元々残酷で、戦争になるとその面が出てくるのだと思っています。なぜ戦争が繰り返されるのか。それは、戦争の悲劇の教訓が生かされていないからだと思っています」と話し、スライドへとすすみます。
 スライドは、ベトナム戦争から始まり、さらに、カンボジア、サラエボ、ソマリア、アフガニスタンへと続きます。25年後に再び訪れたベトナムでの「再会」のエピソードも交えながら、戦後30年経ったベトナムが抱えている「不発弾と枯葉剤」の問題にも触れていきます。未だに枯葉剤の影響によって、先天性の障害を持った子どもが数多く生まれてくる現実に、「いちばん問題なのは、50年経ったらなくなるのか、100年経ったらなくなるのかということが、まったく分かっていないということです。だから、母親たちは常に不安を抱えているのです」と戦争の被害の底深さを伝えます。
 さらに、石川さんの故郷、沖縄での戦争へと話は続き、最後に、「『命の大切さ』というのは、日本人もイラク人もベトナム人も、私はみんな同じだと思います。近くの高校の文化祭で生徒に話をしましたけれど、『私たちに何ができるんだろう』と生徒に聞かれました。こういった、たとえばイラクで死んでいる人たちのことを考えてあげること、それから、日本の戦争がどういうものであったかを考えることが、私は戦争を防ぐ力になるのではないかと思っています」と、静かに力強く語って結びました。

パネルディスカッション 「『命』について子どもたちにどう伝えるか」
コーディネーターは横山験也さん(日本基礎学習ゲーム研究会会長)、パネリストは、深澤久さん(群馬県小学校教諭)、大村隆之さん(京都市中学校教諭)、そして、教育ジャーナリストの青木悦さんです。自己紹介から始まり、横山さんの「日本では、餓死もなくなった、戦争もない。もう完全に平和が培われています。だけど、そんな中に、やっぱり子どもたちが命を失っていくという事実があるのです。今、この平和な時代だからこそ、今こそ、子どもたちに『命ということの大切さ』を考えていただけたらと思います」という発言でスタートしました。

命の大切さを具体化するための仕事が教育の仕
 小学校教諭の深澤さんは、まず、会場の参加者にお互いに自己紹介をしようと呼びかけ、ゲーム感覚で参加者を導き、会場が一気に和みました。そして、「『命』は大事だから大切にしなさい、というのは簡単だが、今の子どもたちには通らない」と明言し、「唯一体験させられないのは、命に関わる問題」と、指導の難しさを語られました。しかし、自らの小学校での授業実践例「『自分にとって大切な人』の値段をつける」を紹介し、子どもたちは「値段なんかつけられるはずがないんだ」という答えを出していくこと、「『生』『生きる』ということとまったく反対の『死』という事実を示すと、考えが『命の大切さ』というところに結びついていく、そうした授業を実践している」と報告されました。
 中学校教諭の大村さんは、「命は大事なんだよ」という小学校での概念の段階から、「それが中学校、高校に行くにつれて、だんだん具体化されていく。その具体化をお手伝いするのが教師の仕事」と述べ、「死」というものが、「何かの実体験と関連するものがないゆえに、なかなか認識できていない」と続けます。また、授業の中で、「地球の裏側の戦争の大変さ、悲惨さを伝えて、じゃあ『命の大切さ』というものを本当に理解できていたと言えるのか、と言ったときに、やはり何か具体的に欠ける、もう一つ何か突き詰めていきたいというものを感じる」と言います。そして、実際の現場での子どもたちの状況を語りながら、「根底としてあるものは、子どもたちの体験不足、経験不足。大人から子どもたちへ伝えきれないもの。今、まったく伝えられていないものが、すべてのネックになっている」と問題を指摘されました。

一人の教師が、人としての自信を持たせてくれた
 教育ジャーナリストの青木さんは、ある事件を例に、「『子どもが命の大切さを認識していない』と論評する人がたくさんいるけれど、そういうところに追い込んだ責任というのも片方にあるんじゃないか」と、子どもを取り巻くすさまじい競争社会の問題を指摘しました。また、子育ての経験も含めて「今、子どもに命を伝えるときの大事なポイントというのは、『僕が大事』ということと、『一人でもいい』という、この二つが両方、ちゃんと伝わること」と言い、さらに自らの生い立ちにも触れ、すばらしい教師との出会いへと話はすすみました。子どもの頃、軍人だった父親に殴られながら育ち、「親に殴られながら育っていちばんつらいのは、人として基本のところに自信が持てないということ。言い換えると、生きていることがつらいこと」と言います。どんなに良い子になっても、結果は殴られ、絶望して、「生まれてきてはいけない人間」という気持ちになったと語ります。感動的な話は続き、中1のときに出会った先生が「頑張れではなく、頑張っている自分を初めて認めてくれた」ことで、初めて「私もここにいてよかったんだ」と思えたと述べられました。「自分が生まれたこと、感情を一つひとつ引き出しの中に整理していくことができる、そういう教育があってはじめて子どもは成長できる」と述べ、家庭と学校の両方の力が必要と強調してまとめました。

 一通り3人の方にお話をしていただいたところで、パネルディスカッションは終了の時刻を迎えました。「『命の大切さ』を『命が大切だ』という言葉で語るのではなく、具体的な中身でお話してくださったら、今回のフォーラムが生きてくる」とコーディネーターの横山さんがまとめられました。今回のフォーラムで得ていただいたものが、現場での活動に生きていくことを心から期待しています。
▲topへ  ▲homeへ