教育フォーラム
 2007年8月3日、東京都港区の第一ホテル東京で、NPO日本標準教育研究所主催による、教育フォーラム2007「今こそ“人間の命”を考えよう」が開催されました。今年で第3回目を迎えた教育フォーラムですが、今年は、「『教室』を子どもたちの笑顔があふれる場所に!」というテーマで、精神科医であり、帝塚山学院大学の教授でもある香山リカさんを講師にお迎えし、「子どもの心をのぞいてみれば−“いい子”の精神医学」というタイトルの講演と、小・中学校の現場で実践されている先生方と香山さんにコメンテーターとして参加していただいたパネルディスカッションの2部構成で進行しました。

 今年の教育フォーラムは、次のような呼びかけをしました。「いじめに悩み、自分の命を自分の手で絶ってしまう子どもが増えています。なぜ、子どもたちを死に追い込んでしまうほどのいじめが多発しているのでしょうか。いじめの現場が毎日通わなければならない学校であり教室であったら、子どもは救われません。『教室』が『生きづらい』場ではなく、子どもたちの『笑顔があふれる』場であったならば……。そのような場を作るのは、私たち、親、教師、大人の責任です。」
 子どもたちを死に追い込むほどのいじめがなぜこれほどまでおきるのか、私たち大人は何ができるのか。
 主催者の呼びかけに、北海道から沖縄まで、今年も全国からたくさんの方に参加をしていただきました。
 講演とパネルディスカッションの内容を、以下でご紹介いたします。当日の感動の一端をお伝えできればと思います。 

「子どもの心をのぞいてみれば−“いい子”の精神学」― 香山 リカさん

 香山さんは、「精神科の診察室という非常に狭い世界で見ている子どもや教育の問題点は、おそらくはそれ以外の普通の一般の教室や学校や家庭で起きている子どもの問題の、いわゆる抽出された部分が診察室という場に突出して表れているだけ」というお話から始められました。
 心の問題で精神科に来る大人の中に、幼児期や小・中学校、思春期ぐらいまでの時期に何か問題があったと連想させるような事例が少なくないと続けられ、「人間というのは、少しぐらいのつまずきは、教わらなくても自分一人でそれなりに乗り越える力が誰の心にも備わっている」と話されました。しかし、人によっては、ささいなことと思えるようなことでもショックを得て立ち直れなくなってしまったり、情緒不安定になる人たちがいることを、具体的な事例を挙げて説明されました。
 そこでの共通点は、「生きて行く上で、当たり前の『僕は僕のままでいいんだ』、『私はここにいていいんだ』というような、今の自分に対する基本的な自分への安心感や信頼感、心理学の用語でいうと『自己肯定感』、あるいは『自尊感情』が欠けている、低下していること」と指摘されました。
 50代ぐらいから下の世代は、仕事をする、社会に参加するということに、ある種の自分らしさとか生きがいという「自己実現欲求」を求めるように教わってきたが、「何を成し遂げれば自己実現なのか」が非常にわかりにくいし、わからない。でもとりあえず自己実現はしたいという気持ちは、今、日本も豊かな時代になり、多くの人が持っている。これが大人を非常に向上させ、成長させているのと同時に、今ある意味で苦しめてもいると話されました。

●自己実現は必然的な流れ
 仕事に求めるものの意味が、一昔前の「食い扶持を稼ぐため」という人が多かった状況から変わってきていると続き、人間は一度この自己実現欲求というのを持ってしまうと捨てられない。今の女性たちに、年配の人たちが、「自己実現はやめて、子どもをちゃんと育てなさい。ちゃんと食事を作り、子守歌を歌って読み聞かせしなさい」と言っても、はっきり言って無理だし、不可能。今の母親たちに「子どもが大事な時期はしっかり手元で育てた方がいいんじゃない」というのは、心理学的な発達、欲求の発達という理論からしても合理的ではないと断言されました。
 また、親が子どもの父親や母親である以前に、一人の人間として自己実現したい、自分らしく生きたいと思うのは、一つの必然的な流れであり、ストップするのは不可能。そして、そういう中でとばっちりを食っているのは子どもであると指摘されました。現実的には、子どもがいるために仕事を途中で切り上げなければならない等の制約が出てくることが大きい。そうなると、どうしても子どもに対して肯定的に接してあげられない。あるいは親自身が自己実現をという気持ちの中で、これでいいと思えない。自己実現が何なのかよくわからないから、ますます「こんなんじゃだめじゃないか」と自己否定してしまう。自己否定している、自己肯定感がもてない親のもとで、子どもが、「僕もここにいていいんだ」「私は私でいいんだ」なんて思えるはずがない。こういう悪循環が今起きていると話されました。 本質をついたお話に、涙を浮かべながら聞いている参加者もいました。

●教師が自己肯定感を支える一言を
 本来なら、家庭や地域で自己肯定感は養われるべきことが、現実的に機能していない中ではどうしても子どもの場合は学校となってしまう。じゃあ、学校は何をすればよいのかと問いかけました。
 「一人ひとりに『私はここがいいところだ』というようなことを名指しで指摘すること。ただ、その子にとっての自己肯定感のツボは何かということを探らなければいけない」と話され、香山さんご自身も、「教師が自分を肯定してくれたことが今でも心の支えになっている」と率直に話され、「皆さんはそういう力、可能性やチャンスを持っている。勉強を教えるだけでなく、子どもの自己肯定感や自尊感情を支えるような一言で、もしかしたら一生を支えるかもしれない貴重なチャンスがある。そう思えばこれほどやりがいのある仕事はない」と熱く語られました。
 最後に、子どもと関わる大切な仕事をしている教師が、自分自身の心の健康やリラックスということにも十分気も時間を使ってほしい。自分自身が心をリフレッシュし、「大人になってよかった。今の生活が、公私ともに楽しい」とエンジョイできることで、現場でも持ち味や実力というのが発揮できると思うと話され、講演をまとめられました。

パネルディスカッション「教室」を子どもたちの笑顔があふれる場所に!

 山形県の小学校教師、佐藤幸司さんにコーディネーターを、香山リカさんにコメンテーターをお願いして、パネリストの三人の先生方に発言をしていただきました。「テーマに即して、自分の教育実践を基に提言をしてほしい」という佐藤さんの発言から始まった内容を、それぞれまとめてご紹介します。

●失敗事例も財産
 トップは、教職歴7年目の埼玉県の小学校教師、鳥羽大河さん。これまでにない大きな壁にぶつかったと報告されました。「仕事が大大大好きだったが、今年担任したクラスの女子との関係悪化で、学校に行きたくないと思うこともあった」と話し、「子どもの間にも生きづらい空気というものがある。この人間関係をどうするか」と投げかけ、@子どものやりたいことをよく把握して、燃える活動を1つ設定する。A活動が継続するための役割を子どもたち一人ひとりに持たせる。B活動する中で子どもたち同士がかかわりを意識するシステムを作ってやる。この3つが必要と提案されました。
 現在実践中の活動を一言、「燃えるような活動をする中で、仕事をしながら感謝をしていく空気を教師と子どもで作っていく形で進めている」と言われました。
 また、「ときには同僚の先生に、『こうなっちゃったんだ』とプライドを捨てて話すことも大事。話すことで、自分の間違いに気づく。だから、失敗事例も財産だと思いやっている」と真摯に話され、教師同士のつながりも強調しました。「個とのつながりを絶やさないためにどうするか」が提言と言われ、「自分を成長させながら、子どもの笑顔がたくさんある場を自分自身が作っていけたらと思う」と、青年教師らしいさわやかな表情で決意を述べられました。

●本物の感情でつくる本物の関係づくりを
 新潟の中学校で国語の教師をされている堀川真理さん。教師歴20年のベテランです。カウンセリングの分野にかかわってきたことから、「生徒の気持ちを受け止めていくだけでは、問題解決を遅らせることにもなりかねない。『あなたの気持ちはわかるよ』では、『いいんだよね、これで』と終わってしまう。それが、学校現場でカウンセリングは役に立たないという論調を許すことになった原因の一つ」と言い、「本物の感情でつくる本物の関係。本当の気持ちで生徒と対話することしか打開策はない」と明言されました。
 「自己存在感を確かめるために、絶対に相手が必要。『ダメ!』または、『そうだよね』と言うだけでも自分の存在の際がわからない。『私はこう思うよ。一人の人間として』というところで、『私は、相手にこう感じられるんだ』『自分はこういう人間なんだ』とわかる」と話されました。
 「20年間続けてこられたのは仲間の存在。語り合える仲間がいて、ここまでやってこれた」と強調されました。そして、「もっともっと誠実に生きるという生き方を導いてくれる人を、子どもたちは求めている」と発言してまとめられました。悩みながらも、情熱と愛情をもってひたむきに活動してきた姿が浮かんでくるようなお話でした。

●頑張らせる「鍛える」視点を!
 群馬県の小学校教師の深澤久さん。教職歴は30年近いそうです。はじめに、「成就感を味わったときに、子どもたちは笑顔になる。そういう笑顔をつくるためにどうするかということが、今、一番のテーマ」とずばり話されました。
 そして、「教師の方が的確に働きかけていけば、子どもたちはすごい力を発揮するという事実、それを教室の中でいっぱい創り出すこと。そのためにも、教師が変な意味で子どもに迎合せずに、ここまで頑張らせようという『鍛える視点』をきちんと持つことが、絶対に必要だ」と強調されました。
 続けて片親の家庭が増えている現状に触れながら、「教師をうっかり『お母さん』と呼ぼうとしてしまうくらい、その子との間の心の糸を編むこともできる。そうすれば、片親であっても、学校の中で劣等感や、『自分は捨てられた』といった寂しさも感じないで元気に過ごせる」と話されました。いつも心がけていることとして、「意欲を全体に持たせるまでが一つの勝負。やる気のある子にはとことん付き合う、やる気のない者は去れという感じで子どもと接している。いまだに去った子はいない」と話されてまとめられました。厳しい言葉の中にも、深い優しさが感じられました。

●教室を子どもたちが安心して暮らせる場所に
 佐藤先生は、教職歴21年目。子どもたちの現状から話されました。「男の子が非常に幼くなっていて自分勝手になっている。当然、トラブルも増える。友達同士のかかわりが生まれるためには、ある程度のケンカは必要だが、親が出てきてせっかくの子ども同士の成長に必要なトラブルが潰されてしまう」。そして、「子どもたちが本当に望んでいるのは、安心して生活ができるクラス。教師にとっても安心してその空間で子どもたちと過ごせる教室。そういう空間を作っていかなければならない」と主張されました。
 では、どうやって作っていくのか。様々な手法がある中、道徳授業というのが大切になってくると続けられました。「子どもたちが自分自身の経験を基にしながら話し合いができる。自分の人生をクラスの友達に受け止めてもらうことで、子ども同士のつながりが生まれ、クラスの中で認められているという自己肯定感を実感していく」。自己肯定感を持った子が、自分の命の大切さを毎日の生活のなかで実感しながら、ほかの子どもたちにも自分から優しさを分け与えることができるような子になっていくのではないかとまとめられました。優しい表現の中に、情熱と強い信念が感じられました。

●教師自身も自己肯定感を!
 香山さんは、「自己肯定感や自己の存在の大切さを実践の場で追求し、ある程度実現しているところに非常に感じ入った」と話され、本気で必死に情熱を傾けていることが共通していると続け、非常に本人たちにとってもストレスフルなことと指摘されました。
 自己肯定感が低い子どもの状況を説明されましたが、キレる子やリストカットをするという自傷行為になる一方で、「自分は価値がない子だ。親から必要とされてない」と思うことから、必死に親の前で「こんなにいい子だよ」と、親の気持ちを先読みして自分をそういうふうに見せている子どもたちが多いと指摘されました。そして、そういう子たちは部屋にいても、友達から連絡が来ると、すぐに、明るいテンションの高い自分を演じなければいけない、空気を読めるようにいつも明るく、ノリをよくしなければいけないので、ヘトヘトに疲れていると話されました。
 では、教師の場合はどうかと話を向けられました。誰のために「いい先生」をしているのか。信頼できる仲間や、信頼できる自分というものがあれば、多少人からどう評価されようとも大丈夫だし、そんなにいい自分というのを無理して演じなくてもいいはず。今はなかなかそれができづらい人間関係の状況というのが、学校現場に限らず強くあることが問題だと指摘されました。
 最後に、それだけ大変な仕事をしていることを、自分自身のプライドにし、「私の仕事は大切な仕事なんだ」と自己肯定感にもつなげ、同時に、休みとかリラックスタイムといったストレス解消ということにも十分に時間を取ってやってほしいと、教師の現状を見据えた適切なアドバイスを話されて締めくくられました。

 香山さんにコメンテーターとして参加していただいた効果もあり、これまで以上に会場の参加者からの質問をいただき、それに対してのパネリストの発言も続き、充実した内容のパネルディスカッションになりました。
 今回の香山さんの講演内容をもとにした著書を、来年出版する予定です。
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